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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1667号 判決

控訴人 山田盛

右訴訟代理人弁護士 山田尚典

同 遠矢登

被控訴人 桜庭彦治

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 猪狩庸祐

同 大久保博

主文

原判決を取消す。

被控訴人らは控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の各建物を収去して、同目録記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人

主文同旨の判決を求める。

二  被控訴人ら

本件控訴を棄却する、との判決を求める。

第二当事者の主張

次に付加するほか、原判決事実摘示中第二当事者の主張のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決二枚目裏一行目末尾に「(契約当初は毎年一二月一四日限り向う一か年分支払の約であったが、昭和三七年度からは毎年一月一日限りその年度分支払の約に改めた。)」を加え、同一〇行目の「その後」、原判決七枚目表四行目及び八行目の各「概ね」並びに同七枚目裏三行目及び八枚目表一〇行目の各「全て」を各削除し、原判決八枚目表一行目の「二」を「三」と、同一〇枚目表一〇行目の「三」を「四」と、同裏八行目の「四」を「五」と、同一一枚目表三行目の「五」を「六」と、原判決物件目録表九行目の「三一四番」を「三一四番地」とそれぞれ改める。)。

一  被控訴人

1  被控訴人らは、本件建物(1)を増改築すること及びその所有権保存登記を被控訴人鈴子名義とすることについては控訴人の承諾を得ていたし、土地の賃料の支払いについても遅滞はなく、その他本件更新に至るまで、本件賃貸借契約について解除原因とされるような行為はなかったのであるから、本件更新料は、被控訴人らの不信行為を不問に付することの対価としての意味はなかった。したがって、それは、たかだか異議権の行使を放棄する対価にすぎないというべきで、この不払が、それにもかかわらず法定更新された賃貸借契約の債務不履行にあたるとはいえないし、また、更新料の支払を更新の条件とする合意が成立したが賃借人が一部しか支払わなかったとしても、右合意は借地法六条に違反して無効であるから、約定更新料の支払義務の不履行を原因とする解除の効力は否定されるべきである。更に、更新料は、経済的には賃料の前払いの性格をもつ場合が多いが、法的には賃料とは別個のものであるから、その催告は賃貸借契約の解除権を発生せしめない。何れにしても更新料支払の義務違反をもって、賃貸借契約そのものに消長をきたすとすることは借地法上許されない。

2  仮に、一般的に更新料の不払いが、賃貸人に、賃借人に対する不信感を生ぜしめ解除権発生の重要な要素であるとしても、本件においては、調停成立の際の四項目の合意(原判決事実摘示第二、三、2、(一)の事実。以下四項目の合意という。)について引続いて話合い、昭和五二年三月末までに土地賃貸借契約書を作成することになっていたのに、控訴人においてこれを履行しなかったので、更新料残金の支払遅滞は、控訴人にもその責任の一端があり、被控訴人らには、遅滞せざるを得なかった背信性を排除する特段の事由が存するから、賃貸借契約を解除することは許されない。

二  控訴人

本件賃貸借契約の解除については、信頼関係を破壊しない特段の事由があるということはできない。即ち、

1  控訴人は、本件賃貸借契約の期間満了前に被控訴人彦治に更新料の支払を求め、その後、その額、支払方法について調停の申立てをした。そして一年有余の間一四回の調停期日が開かれ、被控訴人彦治には小林正基弁護士が代理人となり、慎重かつ十分に意見を述べ合い、控訴人は、被控訴人彦治の従前の借地権の無断転貸・譲渡、建物の無断増改築、その他の多くの不信行為を一切不問に付することとし、双方納得のうえ、調停が成立したものである。控訴人は、請求金額を減額し、支払方法も年末一時払いを主張したが、被控訴人彦治の希望をそのまま承諾し、二回に分割して支払うこととした。

2  被控訴人彦治は、確定判決と同一の効力を有する調停調書の条項を守らず、第二回目の支払期限後の控訴人の催告をも無視し、近隣に居住しながら支払の猶予を求めることも、支払の出来ないことの説明もしなかった。もし、被控訴人らが主張する四項目の合意があったと考えていたならば、控訴人に対し履行の催告等何らかの意思表示をすべきなのに何もせず、控訴人の更新料支払の催告、契約解除の意思表示に対して抗議もしない。従前控訴人が被控訴人彦治に寛大であったからといって、被控訴人彦治が義務の履行を怠ってもよいということにはならない。

第三証拠《省略》

理由

一  控訴人が、本件土地を所有していること(本件土地に阿部柳一所有の土地が含まれていることを認めるに足りる証拠はない。)、被控訴人鈴子が、本件各建物を所有し、本件土地を占有していることは何れも当事者間に争いがない。

二  控訴人が、被控訴人彦治に対し、昭和九年一二月一四日本件土地(その賃貸面積については控訴人主張の経緯のとおり。)を次のとおり賃貸したことは当事者間に争いがない。

(一)  賃貸期間 二〇年間

(二)  賃料 年額一五〇円、契約当初は毎年一二月一四日限り向う一か年分支払の約であったが、おそくも昭和三七年度からは毎年一月一日限りその年度分を支払うことに改めた。

(三)  目的 普通建物所有

(四)  附則 無断で譲渡・転貸をしないこと。

右賃貸借契約に、本件建物には被控訴人彦治の一家のみが居住することとの附則があったこと、また、権利金・敷金の差入れに関する約定があったことを認めるに足りる証拠はない。

右賃貸借契約は、昭和二九年一二月一四日更新(期間二〇年)されたこと、昭和三八年一月一五日までの間に、建物の無断増改築禁止の特約がなされ、被控訴人鈴子が連帯保証人となったこと、右賃貸借契約は、昭和四九年一二月一四日更に更新(期間二〇年)されたことは何れも当事者間に争いがない。

被控訴人鈴子が昭和四九年一二月一四日共同賃借人となったことはこれを認めるに足りる証拠はない。しかし、被控訴人鈴子が、本件土地を被控訴人彦治から転借していることは当事者間に争いがない。

三  控訴人と被控訴人彦治との間に、昭和五一年一二月二〇日次の内容の宅地調停が成立したことは当事者間に争いがない。

被控訴人彦治は控訴人に対し、更新料として一〇〇万円の支払義務があることを認め、これを次のとおり支払う。

昭和五一年一二月末日限り 五〇万円

昭和五二年 三月末日限り 五〇万円

被控訴人彦治が、右第一回分割金の支払をしたが第二回分割金の支払を怠ったこと、そこで控訴人が被控訴人彦治に対し、昭和五二年四月四日到達の書面をもって右書面到達の日から三日以内に右第二回分割金を支払うよう催告し、更に同年四月一〇日到達の書面をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

四  そこで更新料の不払について、本件賃貸借契約の解除原因たりうるか、解除原因たりうるとした場合信頼関係を破壊しない特別事情が存在するかについて判断する。

1  本件建物(1)について、昭和三八年二月八日被控訴人鈴子名義に所有権保存登記がされていること、昭和三八年二月(二階部分八・一〇平方メートル)及び七月に本件建物(1)の増改築が行われたこと、昭和五〇年一二月七日ころまでに本件建物(2)が建てられたこと、右建物は隣地との間に民法二三四条に定める間隔をとっていないこと(西側で一五センチメートル、南側で三〇センチメートル。)、本件建物(1)の建築確認申請が被控訴人らの子慎吾名義でされたことは当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件賃貸借契約には、控訴人の承諾なしに建物の増改築をしてはならない旨の特約があったが、被控訴人彦治は、昭和三七年一二月本件建物(1)の増改築について長男慎吾名義で建築確認の申請をし、昭和三八年ころその増改築に着手し、土台石を敷いた段階で控訴人の承諾を求めた。控訴人は、増改築部分は間貸すると聞き、かつ、その部分が控訴人の長男宅に接近しすぎていること等から、これを承諾せず、その中止を申入れた。しかし、被控訴人彦治はこれを聞きいれずに完成させてしまった。右増改築により被控訴人彦治宅の便所が控訴人の長男宅に近くなり、同人らに不快感を与えるようになった。また、被控訴人彦治は、右部分に短期間であったが間借人をおいていた。しかし、控訴人は、被控訴人らとの紛争を避けるため、当時は、右以上に抗議を申入れることはしなかった。

(二)  本件賃貸借契約には、控訴人の承諾なしに本件土地の賃借権の譲渡・転貸をしてはならない旨の特約があったが、被控訴人彦治は、控訴人の承諾を得ずに妻である被控訴人鈴子に本件土地を転貸し、即ち、本件建物(1)の所有権を移転して本件土地を使用させ、昭和三八年二月八日被控訴人鈴子に本件建物(1)の所有権保存登記をした。後に控訴人はこれを知ったが、紛争を嫌って抗議等の申入れをしなかった。

(三)  被控訴人らは、昭和五〇年一二月七日本件建物(2)を隣地に接近して建築した。そのころ、これを知った控訴人に、同月一二日被控訴人らに到達した書面で、右建物は、何時、誰が建てたのか明らかにするよう求め、これに応じなかった被控訴人らに重ねて同月二四日到達の書面でその回答を求めたが、被控訴人らはこれに応じなかった。但し右建物は取壊しの極めて簡単なプレハブの物置であった。

(四)  被控訴人彦治は、昭和三八年ころから賃料の支払が遅れ、また、その後賃料が増額されたことも原因して、昭和五一年一二月二〇日の宅地調停成立時には、賃料額及び支払額が不明確となっていた。

(五)  控訴人は、本件土地付近の土地を所有し、他に賃貸している土地もあって、これらを総合的に時代に即して利用したいとの考えをもっていたが、被控訴人彦治との賃貸借契約の解消は考えず、昭和四九年一二月一四日の賃貸借契約の更新に先立ち、同月一二日被控訴人彦治に対し更新料の支払を請求する旨予め通告し、昭和五〇年六月一日三菱信託銀行株式会社の鑑定による本件土地の更地価格二五八五万三〇〇〇円に基づき、借地権の価格をその七割に当る一八〇九万七一〇〇円とし、更に更新料をその一割に当る一八〇万九七一〇円と算定してこれを被控訴人彦治に支払を求めた。しかし、被控訴人彦治がこれに応じなかったので、同年一〇月三〇日この支払を求めて宅地調停の申立てをした。

(六)  調停は、一四回の期日が開かれ、主として、控訴人と被控訴人彦治の代理人として出頭した弁護士小林正基との間で更新料の額と支払方法のほかに、前記の被控訴人彦治の本件建物(1)の無断増改築、本件土地の賃借権の無断転貸、賃料支払の遅滞等の問題等についても話合がなされた。その結果、賃料に関する問題は、従前の賃料額及び支払額について双方の言分の隔たりが大きく早急に合意に達することが困難な状態にあったので、調停成立後、右の点につき更に話合いを続けることとした。そして、控訴人は、被控訴人彦治の不信行為はこれを不問に付することとし、不問に付したことによる解決料と本来の意味での更新料との合計額を一〇〇万円に減額し、被控訴人彦治はこれを了承し、右金員の支払方法については被控訴人彦治が昭和五一年一二月末日五〇万円、昭和五二年三月末日五〇万円と二回に分割して支払うことを要望したので控訴人はこれを了承し、昭和五一年一二月二〇日前記のとおり調停が成立した。

(七)  被控訴人彦治は、第一回の分割金は約定のとおり支払をした。しかし、第二回分割金は期限までに支払をしなかった。そこで控訴人は、被控訴人彦治に対し、昭和五二年四月四日到達の書面をもって、書面到達の日から三日以内に第二回分割金を支払うよう催告したが、被控訴人彦治が支払をしなかったので、控訴人は、同月一〇日到達の書面をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(八)  被控訴人彦治が、第二回分割金を期限までに支払わず、また、催告にも応じなかったのは、前記四項目の合意に基く控訴人側の履行が先決問題であると考えていたこと、控訴人が従来、被控訴人彦治の行為について強く抗議をせず、また、義務の履行を迫らなかったので賃貸借契約の解除という事態に至ることを全く予想しなかったからであった。しかし前記のとおり、調停成立に際して、賃料については後日の話合いが留保されたものの、そのほかは、被控訴人らのいうような四項目の合意はされなかった。

(九)  被控訴人彦治は、同月一六日控訴人に対し、第二回分割金を弁済のため提供したが、控訴人がその受領を拒絶したので同月一八日これを供託した。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

3  土地の賃貸借契約においてその存続期間が満了するに際し授受されるいわゆる更新料の性質及びその不払の場合の効果については多くの議論のあるところであるが、本件事案について検討するに

(一)  本件賃貸借契約は、昭和九年に締結され、当時権利金・敷金等の差入れはなく、昭和二九年に第一回目の更新がなされ、本件は昭和四九年の第二回目の更新に関するものであるが、その間地価を始め物価が著しく値上りしていることは明らかであり、控訴人は、更新料の額を算定するについて土地の更地価格に七割を乗じて借地権価額を算出したうえ、更にその一割をもって更新料の額とし(その当否は措く。)、これについて双方当事者が協議し合意したものであって、その経緯から見ると、本件更新料は本件土地利用の対価として支払うこととされたものであって、将来の賃料たる性質を有するものと認められる。

(二)  控訴人は、その所有土地の有効利用を考え、また、被控訴人の不信行為もあったが、賃貸借契約の解消を求めず、その継続を前提として更新料を請求したものであるから、更新に関する異議権を放棄し、その対価としての更新料を請求し、これについて更新料の支払が合意されたものと認めるべきである。土地賃貸借契約の更新に際し、賃貸人が述べる異議に正当事由があるか否かは不明確な場合が多く、その解決のためには、多くの時間と費用を費して訴訟等で争われることがあるのであるから、訴訟等による損害を未然に防止する目的で金銭的解決をはかることは賃借人にとって利益となる側面もあり、その支払の合意は、必ずしも借地法六条の規定を潜脱し、同法一一条の賃借人に不利なものとは一概にいえないから、本件事情のもとではその効力を認めるべきである。

(三)  また、本件においては、被控訴人彦治に建物の無断増改築、借地の無断転貸、賃料支払の遅滞等の賃貸借契約に違反する行為(これらが、それ自体契約解除の原因たる不信行為に該当するか否かは別として。)があったが、本件調停は、これら被控訴人彦治の行為を不問とし、紛争予防目的での解決金をも含めた趣旨で更新料の支払を合意したものと認められる。

そうすると、本件更新料の支払義務は、更新後の賃貸借契約の信頼関係を維持する基盤をなしていたものというべきであり、しかも、右更新料支払の合意を、被控訴人彦治は弁護士を代理人とする調停においてなしたものであり、支払期限後は催告もされているから、その不払は右基盤を失わせるものとして、賃貸借契約を解除する原因となるというべきである。

そして、本件について、前記認定事実によるとき、信頼関係を破壊しない特別事情があるとはいえないし、ほかに信頼関係を破壊しない特別事情の存在を認めるべき証拠はない。

五  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の更新料不払を原因とする本件賃貸借契約の解除は有効であるから本訴請求を認容すべきところ、これと異なる原判決は不当であるからこれを取消し、本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 下郡山信夫 大島崇志)

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